増田規一郎 弓道 段位
・三田弓友会紹介 「三田弓友会」は、慶應義塾體育會弓術部の卒業生ならびに在籍経験者の組織で、学校との連携により現役学生の活動を物心・人的各側面から支援する母体です。 最も古いのは「三田稲門戦(早稲田大学弓道部先輩組織)」で、大正15年(1926)4月25日に開催されました。以降、戦争による中断もありましたが、年2回のペースで開催され、平成30年(2018)12月に第174回目の試合を迎えました。日本で最古、最長回数を誇る先輩対抗戦と思われる伝統の試合となっています。「三田弓友会」は、慶應義塾體育會弓術部の卒業生ならびに在籍経験者の組織で、学校との連携により現役学生の活動を物心・人的各側面から支援する母体です。現会員数、約800名。そして、昭和17年(1942)11月29日、「弓術部後援会(学生支援)」と「三田倶楽部(弓をひく先輩組織)」を統合し、「三田弓友会」と改称しました。その他、昭和42年(1967)「第17回全関東大会」から始まった「学連OB戦」にも当初から50年間以上続いて選手を送り出しています。また、秋には「都学弓連OB会主催のOB大会」も行われるようになり、弓友会から常に3~4チームが参加し、好成績を収めています。明治大学弓道部の先輩組織「駿弓倶楽部」との試合は、昭和42年(1967)から始まりました。活動組織は、会長・副会長・監事・専務理事と、常務理事・理事で構成され、学生委員会、総務委員会、財務委員会、施設委員会の4委員会に人材を配置し、下記事業を実施しています。三田弓友会の最大の役割は現役学生に対する物心両面のサポートです。特に指導体制への人的協力は最も重要な役割であり、大学のみならず一貫教育校(4高校、3中学校、医学部弓道部)に一般社会人先輩の監督・コーチ、約50名を派遣しています。慶應義塾体育会は、先輩及び先輩団体の協力の下に活動を行うことと規定されており、弓術部創部20年にしての先輩組織(弓術部後援会)結成にみられるように、先輩が後輩学生の支援をする中で歴史が作られてきました。これは、慶應義塾の基本理念である“社中一体”の体現でもあります。明治25年(1892)に慶應義塾体育会の発足と共に創部した慶應義塾體育會弓術部。その先輩組織としての「三田弓友会」の前身は「弓術部後援会」といい、大正2年(1913)に発足しました。*戦後直後は、しばらく会長を置かず、世話人5名で諸事決定を行っていたまた、平成30年(2018)で第63回を迎えた「早慶明遠的大会」は現在、先輩と現役学生が一体となり試合をおこなう5月ゴールデンウィークの恒例行事となっています。 令和2年5月5日 会員各位「辛抱」しましょう 第一地区の弓道会員の皆様にはお変わり無くお過ごしでしょうか? 去る2月23日に(第230回)地区月例記録会でお会いして以来、「新型コロナウイルス」感染が全国に広がり、3月、4月の行事全ての中止を余儀無くされました。 ´ã‚’重ねることが大切です。一射ごとに「真」を求める姿勢、それこそが弓道です。 東京都学生弓道連盟百射会において増田規一郎(2位96中)が連続的中73中の新記録を出す: 1968: 昭和43年: 6: 第18回 東京都学生弓道選手権大会 来島峻個人優勝: 10: リーグ戦 個人的中率1位 来島 峻 80-79 .9875: 1969: 昭和44年: 10 弓道は日本古来の伝統文化であり、時代と呼応しながら未来に続く道。「真・善・美」を目標にして自分と向き合うことで、人生をより豊かに高める道が見えてきます。